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その2 / 「生きにくさ」とリスク社会

現代のうつ病治療

その2 / 「生きにくさ」とリスク社会

 この様なうつ病の病態の変化に対して、「性格の未熟さ」は本人の問題という、うつ病患者への「攻撃」が常に伴います。その様な「攻撃」に共感する人も多く居ます。それで良いのでしょうか。

 「なかなか、大人になれない」ということを診察室の中だけで見ていると(また、職場の中だけ、学校のなかだけ、家庭の中だけ)、その意見にうなずいてしまうかもしれません。そこで視点を変える必要があります。まず、1998年に唐突に自殺者が3万人を越えたことです。その前年までは2万4千人だったのが急に3万2千8百人になったのです。それを精神医学的に、例えば「脳内のセロトニン受容体の変化」によって理解することは不可能です。むしろ社会情勢に目を向けることが必要です。日本の経済は1990年にバブルが崩壊しましたが、その影響が形として見えてくるには、なお時間が必要でした。1997年から1998年にかけ、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行、山一證券、三洋証券など大手金融機関が、不良債権の増加や株価低迷のあおりを受けて倒産しました。有効求人率の低下、新卒学生の内定取り消しなど就職氷河期が到来しました。そして派遣法の改正により、非正規雇用の拡大し、学校を卒業しても安定した就労が困難となってきました。斉藤環先生が「社会的ひきこもり-終わらない思春期」を出版したのが1998年です。それ以降、ひきこもりは社会問題化していきます。それは、なかなか、若者が学校から社会への移行が進まないことを表しています。経済的に自立できないことは、物理的に自立ができないことであり、精神論では解決ができません。

 しかし、ほとんどの議論は精神論的色彩を有しています。昔から、「今の若い者は」と、若者が大人になっていないことを、大人達は非難してきました。その様な非難では何も解決しないのに、です。

 実は、この様な若者の学校から社会への移行が困難となったのは、日本だけの問題ではありません。1980年代からずっと、ヨーロッパ諸国では大きな問題として社会学者達が取り組んできました。アンディ ファーロング(Andy Furlong)は「若者と社会変容-リスク社会を生きる」(Young people and social change)の中で、ヨーロッパ諸国での若者が、大人世代が理解していない、社会への移行の困難さに直面しており、本人達の問題として放置せず、数々の施策が必要なことを、また、その施策内容について提言しています。その中でも深刻なのが、若者世代の失業率の高さです。ヨーロッパ諸国、特に南ヨーロッパ諸国の国家財政が破綻の危機にあることが報道されていますが、それらの国々(例えばスペインやイタリア)では、1980年代から若者世代の失業率が40%、30%という高率だったのです。

 日本では、長く、若者の失業率は低く、その様な悩みは別世界の話でした。ところが、1998年以降、就職氷河期という呼称が一般化するほど、若者の就職難が大きく取り上げられるようになりました。それよりも深刻なのは、非正規労働の拡大です。それは同じ国民であるのに、正規労働者と非正規労働の格差の拡大です。日本の労働市場では正規労働者と非正規労働者の格差は大きいのです。当初はフリーターと呼ばれ、自由な生き方の象徴でしたが、今では格差社会の代名詞です。

 そして、日本人の生き方が大きく変わりました。メアリー・C・ブリントンは失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学(2008)の中で、日本の若者が、変化する社会情勢について行けず戸惑う姿を描き出しました。象徴的なのが、20歳代で結婚する女性のパーセンテージが、たった10年で欧米並に低下したことです。30歳までに結婚しないという世界標準になっただけなのに、大人世代は、その「失われた場」のことを若者の「勝手な選択」としかとらえていません。学校から出ても、正規労働者という「大人の地位」を確保できないまま、離家(親の家を出る)ことも結婚も果たせない、追い込まれた状況であることを理解していません。

 社会学者の立場では、このような「生き苦しさ」が、国境を越えた問題であり、それに国際的な政策的な取り組みで克服することが提案されていますが、診察室の中では、そんな国境を越えた政策など不可能です。どのようにすれば良いのでしょう。

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