メディアからの影響は本当なのか
NPO法人SEEDきょうと 水原 祐起
1.メディアから影響で摂食障害が増えるのか
先の項目で、すでに欧米各国では痩せすぎのファッションモデルが規制されるようになっていることが紹介されています。本当に痩せすぎのファッションモデルがマスコミに数多く取り上げられることは、摂食障害の発症に悪影響を与えるのでしょうか。
実は、痩せ礼賛のメディアの影響で、摂食障害になるリスクが高まることが、科学的に示されています。
メディアによって痩せを礼賛する価値観や、痩せて理想の体型になれば人生がうまく行くといった幻想が形成されることは想像できます。その結果、女性の美しさに対する基準が変化し、自分の体型に対して不満を感じるようになり、ダイエットを契機として摂食障害の発症を増やしてしまう可能性もありそうです。
このような痩せを理想化するメディアによる、女性のボディイメージや摂食障害への影響については、すでにいくつもの研究があり、メディアによる悪影響が証明されています。米国摂食障害協会によると、否定的なボディイメージをもつ人は、本来の自分とは違うのに自分の体型を歪んで認識し、他人の体型にのみ魅力を感じて自分の体型は失敗していると感じ、自分の体型に対して恥ずかしい、不快で不安だと感じてしまいます。そしてそのような人は、摂食障害発症のリスクが高まります。さらには、うつや孤独感、低い自尊心やダイエットへのこだわりを強め、心身の健康にとって良くないこともわかっています。
https://www.nationaleatingdisorders.org/what-body-image
2.痩せ礼賛のメディアの影響についての研究
実際に「痩せていることを理想とするようなメディアにさらされることが、女性のボディイメージを歪め、摂食障害をふやしてしまうのか」という疑問について、数多くの研究がなされています。研究にはさまざまな手法があり、研究毎に対象となっている人達にもばらつきがあるため、結果も様々です。1つの研究結果だけを取り上げて、結論付けることは望ましくありません。
このような難しい疑問に対しては、同じような多くの研究結果をまとめて、より正確な結論を導くという方法(システマティックレビュー)が用いられます。この手法は科学的な因果関係を証明する方法としては、非常に信頼性が高いものです。メディアが女性のボディイメージに与える影響についても、このような手法で研究された論文があります。
The role of the media in body image concerns among women: a meta-analysis of experimental and correlational studies. Grabe S, Ward LM, Hyde JS. Psychol Bull. 2008 May;134(3):460-76.
この論文では、痩せていることを望ましいとするメディアと、それを見聞きした女性の「自分の体型への不満」「痩せの理想の内在化」「食行動への信念」という3つの要因への影響を、77本の論文を検証することで調べています。そして確かにメディアが、これら3つの要因に悪影響を与えていることが証明されています。
検証された研究には大きく2つのグループに分けられました。1つ目は実験的に、痩せが望ましいとするようなメディアを見たあとに、自分の体型についてどう思うかといったようなアンケートに答えてもらうものです。やはり痩せすぎモデルをみた後は、自分の体型に不満を感じ、摂食障害の症状を示す尺度も悪化することが、いくつもの実験で示されていました。メディアの種類は、テレビコマーシャルでも、ファッション雑誌でも、ミュージックビデオでも同様でした。もちろんすべての研究がそのような結果となっているわけではなく、もっとほかの要因が影響するとしているとするもの、影響がない、もしくは逆の影響があるとしているものもありましたが、やはりよく計画された多くの研究で、痩せ礼賛のメディアへの暴露が、短期間での女性のボディイメージへ悪影響を与えることが示されました。
もう1つの種類の研究は、実験ではなく普段どのくらい痩せを扱ったメディアに触れているかということと、体型への不満の度合いが関連しているかというものです。この種の研究においても、痩せすぎのファッション雑誌やテレビを見ている人が、より高いレベルで体型への不満や摂食障害の症状の程度が高いという関連があるということが示されました。
1つめの実験による研究だけでは、メディア影響は一時的なものと言えるかもしれませんが、2つめの種類の研究と合わせることで、実際に痩せを望ましいとするメディアが女性の体型への不満などに影響を与えていていることがわかります。
3.体型への不満と女性の心身の健康
体型に不満を感じることは、摂食障害に陥る要因のなかで最も一貫性のある、確実なもので、摂食障害だけでなく、自尊心の低下やうつにも影響を与えることがわかっています。(Neumark-Sztianer, Paxton, Hannan, Haines, & Story, 2006; Paxton, Neumark-Sztianer, & Hannan, 2006; Tiggemann, 2005) 体型への不満は女性の身体的、精神的健康への影響が大きいといえます。
にもかかわらず、実際に様々なメディアで、太っている人は悪いイメージで描かれることが多く、テレビに映る「理想的」とされる人々は、普通の健康な人達の平均を全く反映していません。メディアで取り上げられる「理想的」な体型を持つ女性は、しばしば拒食症の診断がつくほど、低体重の人もいます。そういったメディアを繰り返し見ていると、それが現実を反映していると思いこんでしまいます。しかしそれは、現実の健康な人達の平均とはかけ離れており、多くの女性に自分の体型への不満を抱かせ、到底無理なダイエットや食行動に駆り立てます。メディアによって創り上げられた幻想が、現実の痩せの目標として女性の中に内在化されてしまうのです。そして、ほとんど実現不可能な、むしろ病気といえるほどの「理想の痩せ」に向かって努力することを突きつけられてしまうのです。
この研究者らは論文で、教育や広告の分野において予防的な取り組みをすべきであることを提言しています。教育的な観点からは、メディアリテラシーを高めること、広告については痩せ礼賛のメディアに対して、より積極的に批判的になることを勧めています。
(この論文が出た際に、研究者らの所属する大学のウェブサイトで取り上げられた記事)
http://news.wisc.edu/sweeping-analysis-of-research-reinforces-media-influence-on-womens-body-image/
4.新しいメディアの影響
欧米ではこのような研究の結果が次々と明らかになってきたことから、痩せすぎモデルに対する批判が高まり、規制されるようになりました。そして実際に雑誌「プレイボーイ」のモデルについて調べた結果、1960年代、1970年代とモデルは痩せていっていましたが、それが1990年代には歯止めがかかるようになりました。一方で、2000年代後半になり、急速にフェイスブック(Facebook)やインスタグラム(Instagram)といったソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が拡大しました。SNSによって、人々は容易に友人の普段の様子を知ることができるようになり、外見や体型に関わるような写真などを目にする機会が増えました。それに伴い、SNSによる影響についても研究が行われるようになりました。
フェイスブックの利用とボディイメージについての研究は、複数行われています。フェイスブックで友人や有名人と自分を比較し、自分が劣っていると感じている人は、否定的なボディイメージをもつことや、フェイスブックを利用している人は利用していない人に比べてボディイメージに関する懸念が強いこと、自分の写真がSNSにより多くアップされている人は、体重への不満ややせ願望などが高まる結果が示されています。
Negative comparisons about one’s appearance mediate the relationship between Facebook usage and body image concerns. Fardouly J, Vartanian LR. Body Image. 2015 Jan;12:82-8.
さらに上述した研究のようにSNSとボディイメージに関する研究20本を取りまとめたシステマティックレビューでも、SNSに影響でボディイメージや食行動を歪んでしまうことが示されました。特に体型に関する写真を見たりアップしたり、またそれらに対する批判的なコメントを見ることが問題であるとされています。
A systematic review of the impact of the use of social networking sites on body image and disordered eating outcomes. Holland G, Tiggemann M. Body Image. 2016 Jun;17:100-10.
このように、痩せを礼賛するメディアが摂食障害を増加させ、女性の心身に悪影響を及ぼしていることは明らかです。SNSのような個人が発信するメディアを規制することはできませんが、少なくとも、その個人の理想に大きな影響を与えるマスメディアについては、国民の健康を守るために科学的な研究結果に基づいて妥当な範囲の規制を設けることが必要です。一度摂食障害になり、それが慢性化してしまうと、そこからの回復は決して簡単なものではありません。このような困難な病気になる要因を少しでも減らし、より豊かで穏やかな生活を送れる人が増えるよう、私たちは「痩せすぎモデル規制ワーキンググループ」の活動に取り組んでいきます。