その5/社交不安スペクトラム
社交不安症(社交不安障害)の概念が拡張・変遷した結果、多くの精神障害が社交不安スペクトラムに含まれることになりました。幼少時の行動抑制から始まり、青年期における対人相互関係への不安につながる病態を社交不安スペクトラムとして捉えると、選択性緘黙と重複し、醜形恐怖症、摂食障害、うつ病(大うつ病性障害)、アルコール使用障害などの一部の症例が含まれます。回避性パーソナリティ障害の併存は正常から障害レベルに続く連続体の重症側の終点となり、さらなる極点としてひきこもりがあります(Nagata, Yamada, Teo, Yoshimura, Nakajima & van Vliet, 2013)。これらの多くの併存症のなかで社交不安症(社交不安障害)が時間的に早期に発症することから、これらスペクトラムに属する病態には全般性の社交不安症(社交不安障害)に準じた治療戦略が有効です。
醜形恐怖症は、外見の多少または想像上の欠陥に囚われ、日常生活に支障を来す障害です。外見上の欠陥を何度も鏡などで確認するという症候的類似性から、強迫性スペクトラム障害の1つではないかと提言されていましたが、実は、社交不安症(社交不安障害)の併存率の方が若干高いのです。さらに社交不安症(社交不安障害)の方が先行発症していることが多く、むしろ社交不安スペクトラムの1つである可能性があります。ガンスタッドとフィリップス(2003) (Gunstad & Phillips, 2003)は醜形恐怖症の併存症について検討し、その48%が社交不安症(社交不安障害)を、44%が強迫性障害を併存していました。ただ、社交不安症(社交不安障害)との併存例では、その6割が社交不安症(社交不安障害)の発症が先行していましたが、強迫性障害の併存例では、その6割が醜形恐怖症の後か同時に強迫性障害が発症していました。筆者自身の検討(精神医学47:1113-1118, 2005)では、社交不安症(社交不安障害)の29%が醜形恐怖症を併存しており、併存群のほうが現在の年齢が低く、ひきこもり率が高かったのです(31%と非併存群の9%より高率)。しかし、しばしば、妄想的色彩を伴うことから、妄想性障害・身体型とさえ考えられがちな症例が社交不安症(社交不安障害)同様に治療可能であることは大きいことです。
ここで、統合失調症との関連について少し触れます。日本では、ひきこもりや、自らの身体的欠陥が他人に不快感を与えているのではないかと悩む重症対人恐怖、自己臭妄想、自己視線恐怖が注目されてきました。そして山下格先生が、「対人恐怖」(金原出版、東京1977)を出版し、妄想性障害とも思える確信型対人恐怖が統合失調症発症に至らず、予後良好であることを報告しました。半構造化面接による統合失調症の病前性格(パーソナリティ障害)を検討した研究は少ないですが、最も多かったのが回避性パーソナリティ障害(33%)で、シゾイドパーソナリティ障害(28%)より多かったのです(Rodriguez Solano & Gonzalez De Chavez, 2000)。この結果は、それまでのシゾイドな気質が統合失調症発症と関連するとの仮説を覆して、むしろ回避性パーソナリティ障害の方が統合失調症と関連している可能性を示しています。
自閉症スペクトラム障害との相違についても述べる必要があります。社交不安症(社交不安障害)の診断基準の除外規定に自閉症スペクトラム障害がありますが、多くの自閉症スペクトラム障害の患者さんが社交不安症(社交不安障害)と「誤診され」、「難治性の社交不安症(社交不安障害) として来られることがあります。自閉症スペクトラム障害では社会相互作用の質的障害や反復的・常道的行動を伴う想像力の障害によって幼少時期からひとりを好まれます。本人だけからの聴取によって社交不安症(社交不安障害)の行動抑制と区別するのは経験が必要です。さらに自閉症スペクトラム障害では、経過中に、短期精神病性障害を発症したり、脱抑制による躁状態を呈することがあります。自閉症スペクトラム障害を見過ごしてSSRI投与開始すると、脱抑制・攻撃性が悪化し、悲惨な結果に陥る可能性さえあります。