青年期(思春期)精神医学
A.青年期・思春期とは
青年期(adolescent)は11歳から20歳までの時期で、思春期(puberty、11~14歳)とそれ以降の青年後期に分けられます。初期(11~14歳)、中期(14~17歳)、後期(17~20歳)と分けることもあります。思春期は、一般的に身体的、特に性的な成熟を意味します。青年期は、その様な身体的な急激な変化、成長に対処しながら、心理的、社会的に発達していく過程であり、最終的に成人期に移行します。
思春期は第2次性徴の出現によって引きおこされる、生物学的な側面です。性ホルモンの分泌により、女子は乳房がふくらみ初め、男子ではひげが生え、声変わりが起きます。女子の方が早く身長と体重の増加が始まります。やがてこれらの変化は、初潮という月経機能開始を迎えることになります。また、男子では幾分、遅れて精通が起きます。男子は性ホルモンの上昇が女子より2年程度遅れて起きますが、その影響は性衝動の増大など女子より大きいのです。この時期には、男女ともにニキビや、同級生に比べてちょっとした身長の高い低い、体重の増減にも非常に敏感になります。栄養がよく、戦争の様な社会的、心理的危機のない現代日本では、初潮、そして思春期の始まりは徐々に早まっており、一方、高学歴によって実際に社会に出る時期は徐々に先延ばしになっています。この様に、青年期・思春期の実質上の期間は延長しています。
青年期・思春期は、知的にも人格的にも成長の時期であります。抽象的、概念的な思考を好み、文学、詩的、音楽、美術的な創造を目覚め、私的な日記や、近年ではインターネット上のホームページやブログという形で、自己を表現したりします。理想主義的、未来志向的でありますが、些細なことに傷つき、自己嫌悪、自己否定、劣等感に陥りやすいです。この様に極端から極端に動きやすい中で、親から独立し、自立し社会に出て行くときに、社会のなかでも自分がどの様な位置づけにあるのか、自分の存在の意味、価値、役割を考え、あるべき自己像を確立していきます。
青年期を、エリクソンのライフサイクルと自己同一性に対する理論でとらえますと、青年期は、自我同一性を獲得することが課題の時期であります。一方で、一歩間違えると、自我同一性が危機(identity crisis)に面します。また、同一性拡散(identity diffusion)とは、まとまりのある自己または自己認識が十分に発達していない状態です。この時期には、自我同一性の獲得に向けて、両親との違いを明確にするため、なるべく過激な服装、髪型、話し方、動作を行い、その様な形で実験的な役割を演じたり、友人、仲間、進学、進路の選択や人生哲学などで両親と対立したりします。
この時期、青年期の嵐(adolescent turmoil)と呼ばれる心理的な激変、人格の分裂、気分や行動の変化が、一般的に見られ、両親から分離するのに必要であるとされていました。しかし、その後の研究により、その様な嵐は一般的では無いことが分かってきています。
この様に、青年期は、思春期という身体的な激変の中で、親からの独立にむけて準備し、自我同一性を拡散の危機から脱し、自己同一性の確立に向けて取り組まなくてはならない困難な時期であります。日本の社会は、経済的に停滞した失われた20年を経て、大競争時代の到来により社会構造、価値観が激変しました。それにつれて、青年期・思春期の精神障害も急速に増大しています。1つには、児童、青年期の気分障害(うつ病、双極性障害、破壊的気分調整不全障害)が注目されるようになりました。また、この時期は社交不安障害を初めとする不安障害の発症時期に重なり、女子には摂食障害、男性には反社会的な行動(行為障害)が増加します。また、アルコール、たばこ、不特定多数の異性との性交渉、危険な運転、さらに違法は薬物の使用、自傷行為(リストカット)、自殺未遂、不登校、ひきこもりが、社会的問題となってきました。これらのうち、危険行動は成人期が近づくにつれて減少していくものです。また、これらの多くは症状、症候群に過ぎず、診断ではありません。従って、その陰に隠れている精神障害を診断し、治療に結びつけることが重要です。それには不安障害、気分障害、摂食障害、高機能自閉症(自閉症スペクトラム障害)などの発達障害、青年期ではまだパーソナリティが成長するため診断できないがパーソナリティの未熟さなどが含まれます。以下、不登校とひきこもり、逸脱行動に少しふれた後、うつ病、摂食障害、社交不安障害、全般性不安障害などを説明します。
不登校、ひきこもり
不登校は過去には学校恐怖症や登校拒否と呼ばれ「学校に参加することに恐れや拒否感とともに強い罪悪感をもち、家庭に引きこもる生活は総じて葛藤的であるといった状態像を伴う長期欠席」とされる症状レベルの概念です。対応としては背景となる精神障害(不安障害などの様に薬物療法が有効な障害があれば介入の糸口となる)、高機能自閉症、自閉症スペクトラム障害を初めとする発達障害の有無の把握が重要になります。さらに不登校出現様式による下位分類、不登校の経過に関する評価が提案されています(斉藤万比古先生)。不登校出現様式には過剰適応型(プライドが高く頑張るタイプでその挫折として不登校。対応ではプライドの高さを受け入れることが必要)、受動型(不安に満ちた性格で周囲に圧倒され不登校に。対応では安心感を供給するが時期を見て後押しする)、受動攻撃型(周囲への不満、怒りを登校放棄で表出しているので、根底の不満、怒りを理解する)、衝動型(発達障害などによる衝動統制機能困難で孤立し不登校。対応は自分も周囲も傷つかない環境作り)などを考慮します。また不登校の経過としては不登校準備段階(身体症状などが表出されるので、そのケアを通じて子供の訴えに耳を傾ける)、不登校開始段階(激しい葛藤が顕在化し家庭内暴力などが目立つ時期で、休養が必要)、引きこもり段階(回避と退行が前景で、徐々に回復して葛藤解決に向かう時期で、焦らずに見守る)、社会との再会段階(試行錯誤しながら外界との接触が始まる。家族は焦らず、一喜一憂せず)と分けられます。また環境要因の把握と介入も重要です。しかし、成人早期まで及ぶ「ひきこもり」に発展することも希でなく、社会問題となっています。
逸脱行動(非行)
青年期(思春期)の逸脱行動(非行)は怠学、嘘、盗み、アルコールや薬物(シンナー、覚醒剤)の乱用、自殺、売春、放浪などのことであり、社会集団の規範や規則からの逸脱との意味を持ちます。時代により社会規範が変化する以上、逸脱行為も時代によって変化します。学園紛争の時代には校内暴力が、コンビが広まってからは街頭や暴走に、長く続く不況の中で引きこもって個別に逸脱行為を行うようになったと考察する研究者もいます。多くは何らかの精神障害に合致しませんが、一部の青年(女子)は行為障害の診断基準に合致すこともあります。また、軽度の発達障害、摂食障害、躁うつ病、統合失調症と関連する場合もあります。またパーソナリティが未熟であり障害とまでは呼べませんが、反社会性、境界性、自己愛性などのパーソナリティ障害の傾向と関連している場合もあります。