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B.思春期(青年期)のうつ病(大うつ病性障害)

B.思春期(青年期)のうつ病(大うつ病性障害)

1.臨床症状

 この時期に起こる精神的な混乱状態は青年期(思春期)危機(嵐)とされ、正常な発達の一部とされていました。さらに分析家達は、親からの独立のために必要なことととらえていました。ところが、1970年以降に青年期を対象に成人のうつ病の診断基準をそのままの用いた研究が数多くなされ、この時期に実際に情緒、行動の問題を起こすのは少数に過ぎないことが分かってきました。そして、児童、青年期においても成人と同様にうつ病と診断しうること、児童、青年、成人期を通じて同様の症状を示すことが明らかになりました。そのため、DSM-IV(アメリカ精神医学会の診断基準)では児童期から、青年期、成人期にかけて同じ診断基準が用いられ、抑うつ気分、快楽喪失、食欲不振、不眠、精神運動制止、易疲労感、無価値感、集中力の減退、希死念慮といった9つの症状のうち5つ以上あれば大うつ病性障害と診断されます。唯一の変更点は、抑うつ気分が小児、青年ではイライラした気分もありえる、としている点です。体重に関して補足されており、減少していなくとも成長に見合った増加がない場合も9つの症状の1つとして数えます。この様に、小児、青年、成人とうつ病の中心的な症状は同一とされますが、これには異論もあり、今後、小児、青年期の別の診断基準が導入される可能性もあります。

 年齢による症状の違いが指摘されており、年齢が低い場合、抑うつ気分、罪責感、孤独感などは話してくれず、行動制止(行動が緩慢となること)や身体症状が主であることが多いとされます。具体的には授業中の態度の変化、友人からの孤立、成績不振、不登校といった行動に現れる可能性があります。また、診断基準にあるように、抑うつ気分の代わりに、イライラした気分であることもあります。行動の激しさの裏に隠された抑うつを見いだすのは、根気の要る仕事です。実は倦怠の渦にあり、友人やクラブ活動への関心を失い、内にこもり、感情を失い、寂しく、誰からも愛されていないと感じているかもしれません。注意深く面接し、抑うつ気分にどれほど苦しんでいるかをうまく聞き出そうとするときだけ、本人の心情が表れます。これが、年齢が上がるにつれ、思考や表現が発達し、成人のように、抑うつ気分や絶望感、希死念慮を口にすることができるようになります。

 この様な児童、青年期のうつ病の日本での正確な有病率は不明でありますが、決して少なくないことが報告されています。さらに、明確なコーホート効果(後で生まれた人ほど、発症年齢が低いこと)も報告されており、今後の急増が予測されます。

 また、青年期(思春期)にうつ病となると、慢性化しやすく、成人になってから、再びうつ病を再発する可能性が高いことが知られています。

 さらに、近年、大学の保健管理センターや高校生でうつ病では「非定型の病像を伴うもの」が徐々に増えていることが知られています。既に欧米での若年のうつ病患者では、この病像を呈することが多いことが報告されています。本来は三環系抗うつ薬の有効率が低い型として取り上げられました。特徴はうつ病に特徴的な身体症状が逆に出ること(食思不振の代わりに食べ過ぎ、不眠の代わりに過眠)と特徴的な対人関係への不安感です。最近の薬物療法の進歩により、三環系抗うつ薬の使用頻度が減少し、その診断の有用性が再び議論されています。しかし、新しい抗うつ薬なら治療反応が格別良いわけで無く、どの様な治療が最良かは定まっていません。ただ、治療には根気を要することだけは確実で、その症例ごとに薬物療法、精神療法を組み合わせ総合的に治療していきます。

表. 非定型の病像

A はっきりとした気分反応性
うつ病相期でも良いことがあると最大50%以上、気分が回復する
次のうち2つ
B1 食べ過ぎ
食欲か、食事量か、体重増加のいずれかが過剰
B2 過眠
日に10時間以上寝る日が週に3日以上
B3 鉛様麻痺
鉛の重りをつけられたような感覚が、1日1時間以上が週に3日以上
B4 拒絶への過敏 対人関係への敏感さが病前からあり、2年以上継続

2.青年期・思春期うつ病の治療

 治療開始前にうつ病の重症度を、注意深く評価する必要があります。評価に際しては、うつ病自身は軽症でも、併存する他の精神障害の有無にも注意し、全体としての重症度を評価します。青年期・思春期のうつ病では発達障害(自閉症スペクトラム障害、高機能自閉症)や不安障害などの存在の可能性に気をつけて面接しなければ、それらの併存を見逃してしまいます。それらが併存すると、表面上、どれ程、うつ病が軽症でも、難治となることが多いのです。軽症であれば、母親と、または両親ともに来院してもらい、共感的に話を聞き、現在の彼女(彼)のストレスの原因となっているものを調整するだけで回復することもあります。この様な支持的精神療法や環境調整が有効なことも多いのです。一方、現在、通学(就労)も困難で、自殺の危険もある症例の場合、入院治療も含めて考慮する必要があります。

 日本で最も一般的なうつ病治療は薬物療法でありますが、現在、日本で発売されている抗うつ薬の中で青年期のうつ病に対し確固としたエビデンスを有するものはありません。反対に焦燥感などをかえって高め、自傷行為や自殺未遂に至る可能性が指摘されており、リスクとベネフィットを考慮し、投与すべきです。不安障害など、児童青年期でも有効性が確立した精神障害を有しているときには、上述のリスクを十分に考慮しながら慎重に投与を開始します。

 心理社会的療法で最もエビデンスを有するのは、認知行動療法ですが、家族療法、対人関係療法(翻訳されたものがもうすぐ出版予定です)や力動的精神療法も実臨床では有効な治療として行われています。精神療法の基本は治療同盟の確立です。青年期・思春期の症例では、学校などからの強い勧めにより、両親などが患者を「無理矢理につれて来た」ことが多いために、治療同盟の確立に工夫が求められます。今の自分自身の状態に対して、治療に対して、学校、家族に対してのネガティブな気持ちとポジティブな気持ちの両方を聞き出すことから始めます。また、どの精神療法を行うにしても、家族の関与が重要です。単純に環境調整の意味だけではなく、多くの歪んだ信念は家族環境の中で育まれており、認知療法でも家族の協力は不可欠です。さらに、自分の気持ちを非言語的に行動などの形で表現するのではなく、言語的に表現するように進めます。

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